テーマ:1983年

Men At Work - Overkill

決して新しくも、複雑な内容でもない音楽的には恵まれているとは言えない「オーストラリア」の『メン・アット・ワーク』は、1981年に突如全世界的な大成功を収め「グラミー賞最優秀新人賞」まで手中にします。 その大きなプレッシャーの中、2年後に発売されたアルバム『カーゴ』(全英最高位8位、全米最高位3位)からのファーストシングルのこの曲は…
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Yes - Owner Of A Lonely Heart

1978年に「トーマト - Tormato」(全英最高位8位、全米最高位10位)を発表した後に『イエス』は、「ジョン・アンダーソン」、「リック・ウェイクマン 」の脱退により同じマネージメントに所属していたエレクトロ・ポップ・デュオ、『バグルス『』を吸収して「ドラマ(全英最高位2位、全米最高位18位)を発売しますが、滑動休止に追い込まれま…
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The Romantics - Talking in Your Sleep

1983年と言うと就職する前年に当たり、フリーター生活をしていました。そういう意味じゃ、現在と変わらないのかもしれませんけど・・・。 現在では「ユーチューブ」で音楽を楽しんでいますが、当時はまだまだラジオ(FEN)が最も早いリアルタイムのヒット曲の情報を得る手段でした。 このバンドは、この曲がヒットするまでに1977年発売の…
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Naked Eyes - Promises Promises

デビュー曲の「僕はこんなに - Always Something There to Remind Me (全英最高位59位、全米最高位8位)で、順調なスタートを切った『ネイキッド・アイズ』の2NDシングルで全英最高位95位、全米最高位11位)を記録しています。 本国である英国よりもアメリカでの成功は、当時の音楽性の好みの違いを反映…
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U2ー New Years Day

『U2』をワールドワイドにしたのは、3枚目のアルバム『WAR(闘)』(全英最高位1位、全米最高位12位)である事に異論がある方は少ないと思います。そして、そのアルバムからの1STシングルが、この曲で全英最高位10位、全米最高位53位を記録しました。また、日本のラジオでも、当時良くオンエアされていた記憶があります。 今日のような寒波…
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Parsons AlanProject - Eyethe Sky in (Live)

日本で『アラン・パーソンズ・プロジェクト』と言えば、実は「ドント・アンサー・ミー」(全英最高位58位、全米最高位15位)なのではないでしょうか? しかし、セールス的にもチャート的にも彼等にとっての最大にヒットは全米最高位3位を記録したこの曲です。そのために、アルバムも全英最高位27位、全米最高位7位の最高の成績を収める事となりまし…
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Tears For Fears - Change

私がフリーターでメンズショップの店員をしている頃、有線からこの曲が流れていました。それが、「ティアーズ・フォー・フィアーズ」との出会いです。(LP発売時の邦題は「チェンジ」でしたね。) 全英最高位4位、全米最高位73位(初のチャートイン)を記録しています。個人的には、セールス的に大成功した2NDアルバムよりも完成しきっていないファ…
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Jackson Browne - Lawyers In Love

1983年に発売されたアルバム『愛の使者』(全英最高位37位、全米最高位8位)のタイトル曲でもある「愛の使者」は、当時のレーガン政権下で右傾化するアメリカを皮肉った内容であったそうです。(まるで、現在の日本のようですね。当時の日本の総理大臣は中曽根康弘でしたからね。) 米国のアーティストは、自分が支持する政党を明確に表明しますし(…
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Stevie Nicks - Stand Back

「フリートウッド・マック」として『ミラージュ』を発売した翌年に、2枚目のソロアルバムとなる『ワイルド・ハート(全英最高位28位、全米最高位5位)』からの1枚目のシングルとなったのがこの曲です。 当時は、よくラジオでオンエアされていた記憶があります。全米最高位5位の記録を残していますが、それ以上のインパクトがあったと思います。 …
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Rick Springfield - Human Touch

ミュージシャン志望でありながら、昼メロドラマ「ジェネラル・ホスピタル」に出演し、人気者となった後にミュージシャンとしても成功収めた「リック・スプリングフィールド」の通算7枚目にあたる「Living in Oz(1983年)」(全米最高位12位)からの2NDシングルとして全英最高位23位、全米最高位18位を記録した曲です。 前作まで…
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Bananarama - Cruel Summer

「バナナラマ 」にとって、初の全米POPチャートでTOP10入りした曲です。(全英最高位8位、全米最高位9位) 1989年には「Cruel summer '89」として、メンバーチェンジに伴い再発売し全英最高位19位を記録しています。 それにしても、邦題の『ちぎれた ハート』はいただけませんね。確かに原題の『残酷な夏…
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Hall & Oates-Say It Isn't So

1983年に発売されたベストアルバム『Rock'n Soul Part1(邦題:フロム・A・トゥ・ONE)』に、新曲として録音された2曲のうちで最初のシングルカットされ全英最高位10位、全米最高位2位を記録しています。 特に全米では4週間連続の2位を記録しており、当時の彼等の勢いと充実さが伺われると思います。ちなみに、その…
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Black Sabbath - Digital Bitch

初代ヴォーカルストである「オジー・オズボーン」の後任に、「ロニー・ジェイムズ・ディオ」が加入したのには驚いたものでした。 しかし、後にバンド名としても使用した「 ヘヴン&ヘル (全英最高位9位、全米最高位28位)」が、新たな「ブラック・サバス」の可能性を広げた事は明らかでしょう。 ですが、その「ロニー・ジェイムズ・デ…
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Huey Lewis And The News - I Want A New Drug

苦労人の「ヒューイ・ルイス」を中心に、1980年に『ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース』としてデビューしますが、2NDアルバムからのシングル「ビリーヴ・イン・ラヴ(全米最高位7位)」によって長い苦労が報われる事になります。 1983年に発売された3RDアルバム『スポーツ』からは、5曲のシングルヒットを生みだしアルバムも全米最高…
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Echo And The Bunnymen - "The Cutter"

『エコー&ザ・バニーメン』に関する記述を見ると、「1980年代前半のネオサイケ・ブーム」という枕詞に出会うのですが。。。私は、全く意識した記憶がありません。 個人的には、先行シングルとして発売された「The Back of Love(全英最高位19位)」の方が好みなのですが。。。 しかし、1983年に発売の3RDアルバム…
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The Fixx - One Thing Leads To Another

1983年に発売された2枚目のアルバム『REACH THE BEACH(全米最高位8位)』からの2NDシングルとして全米最高位4位を記録した、『The Fixx(ザ・フィクス)』で1番有名な曲だと思います。 前回紹介した、『SAGA』を成功させた「ルパート・ハイン」をプロデューサーを起用しているのは偶然なのでしょうか? …
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Naked Eyes - Always Something There

1982年に、「ピート・バーン(Vo)」「ロブ・フィッシャー(Key)」の2名で活動した「ネイキッド・アイズ」のデビューシングルで、全米最高位8位を記録した名曲です。(英国では、最高位59位止まり。) 原曲は、「サンディ・ショウ」と言う女性シンガーの「「恋のウェイト・リフティング(作詞ハル・デヴィッド&作曲バート・バカラッ…
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This is not a love song - Public image Ltd.

以前、「アメブロ」で「.PUBLIC IMAGE」を取り上げた事がありました。 今回はリアルタイムで1番聴いていた、この曲を選択しました。 スタジオ・ヴァージョンは、1984年発売の「This Is What You Want... This Is What You Get, 」に収録されています。(前年発売の「Live…
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John Lennon ーNobody told me

今日は、ジョンが「マーク・チャップマン」により暗殺された3年後にリリースされた『ミルク・アンド・ハニー』からの1STシングルとして、全英最高位6位、全米最高位5位を記録した曲を選択しました。 元々は、1978年に「リンゴ・スター」に提供する予定だったというのは曲調で納得行きますよね。 おそらく、歌詞は変更したでしょうが。…
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The Police - King Of Pain

1983年発表の5枚目にして最後のオリジナルスタジオアルバム「シンクロニシティー」からの2NDシングルです。 全米での最高位は第3位まで上昇しました。 しかし残念ながら、PVは作成されていません。 個人的には「サハラ砂漠でお茶を - Tea in the Sa…
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She Works Hard For The MoneyーDonna Summer

1970年代半ばに「ジョルジオ・モロダーのプロデュースにより、ディスコ・ミュージックの第一人者として活躍し「ディスコの女王」(Queen of Disco)と呼ばれていましたね。 有名になる前、約8年間ドイツを中心にヨーロッパで歌手活動をしていたため、ドイツ語がペラペラであるそうです。 「ジョル…
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HALL & OATES - Family Man

「ホール・アンド・オーツ」の最大のヒットアルバムである、「H2O」からの3RDシングル(全米最高位6位、全英最高位15位)です。 個人的に「H2O」というアルバムは、「ホール・アンド・オーツ」のイメージから1番離れているイメージがあるんですけど。。。 勢いがある時は、そういうものなのでしょうか。{%…
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Bryan Adams ー Cuts like a Knife

Bryan Adams Cuts like a Knife 今年7年振りの来日公演を実施した「ブライアン・アダムス」ですが、この曲がタイトルのアルバムが全米最高位8位のヒットを記録した事で一躍注目を集めました。(本国、カナダでも最高位8位というのは以外でした。) 日本では、次作の「レッ…
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TALKING_HEADSー burning down the house

流石に、昨日の疲れからか夜中に1回きしょうするも「下書き中」に私自身がDOWNしてしまいました。 1983年発売の「スピーキング・イン・タンズ」のオープニングを飾る曲でもありますし、且つ「トーキング・ヘッズ 」にとって唯一の全米TOP10入りのヒット曲です。(全米最高位9位)
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Sheena Easton - Telefone

私にとって、「シーナ・イーストン」と言うと、実は1番遊んでいる頃聴いていたこの曲になります。 (後輩の「CIVIC」の中で「FEN」から良くオンエアされていました。) 全米最高位9位と、スコットランド出身ながら「アメリカ」での活動にシフトした頃の曲に当たります。 (ちなみに、全英最高位84位です。…
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99 red ballons - Nena

1983年に発表した「ロックバルーンは99(原題:99 Luftballons)」の英語ヴァージョンでのPVです。 英国では英語ヴァージョンで第1位を獲得し、全米では先にドイツ語ヴァージョンで最高位2位を記録しています。 (英語ヴァージョンは、1部歌詞が変更されています。{%注意!web…
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21才の頃。。。

1983年の3月にF市から、現在の家に引っ越してきました。 (弟の高校進学で、「自転車通学」可能なのが1番の決め手でした。) 実質的に大学2年でドロップアウトした私は、今と同じ意味で「目標」を見失いかけていました。 「教師志望」で、大学受験するも志望した「教育学部」に合格できなかった時点で半ば諦めていた…
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