罪悪感を感じても、自分が悪いとは思えない。。。

月曜日は、昼休みも作業を継続的に交代制で休憩を取る。私の休憩時間には部長が代わりにラインに入る。だが、今日は私に近づいて来ない。

おそらく、「有給休暇」の件があるからだろう。明らかに私を避けている。勿論、課長もその話題には触れない。そんな馬鹿げた話などあるものか。

午後のプレス作業に移動しても、私のピリピリした感情が微妙に他の従業員の人達に伝わっている気がする。でも、そのピリピリした感情を逆立てているのも他の従業員の人達なのだ。

私が罪悪感など感じる必要などないが、雰囲気を悪くしている自覚がある。原因は私になくても・・・。

前職時代の方が、明らかに周りの人々に気を遣わせていた。それも毎日。店舗では、店長は天皇に等しいのだ。
しかし、その反面で人一倍に部下やアルバイトを観察して気を遣っていたはずなのだ。

それを理解してくれれば、信頼関係は築ける。だけど、現在では、そんな状況にはない。まして、それは家でも同じなのだ。むしろ、家にいる時間の方がストレスを感じているかもしれない。

「孤独」なんて,慣れたはずなのに・・・。



You can build a mansion but you just can't live in
You're the fastest runner but you're not allowed to win
Some break the rules and live to count the cost
The insecurity is the thing that won't get lost

ルールを破るヤツもいるし、計算ばかりして生きているヤツもいる。 だけど、私の不安がなくなることはない。ずるく立ち回れたら、どれだけ楽な事だろう。でも、そんな行動は自分自身が許さないのだ。


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『「ニセモノの孤独」を知る、「根拠がない」から始めよう、つらくなったら、誰かに何かをあげる、あなたを支えるものを作る―人気演出家が綴る「ひとり」を生きるための練習帳。』(「BOOK」データベースより)

私も所詮、「ニセモノの孤独」なのだろうか? 自分だけが、「辛い」と感じているだけなのだろうか?
誰もが「孤独」を感じる時があると思う。毎日が忙しいと、そんな気分にもならないかもしれない。だけど、それって「仕事」以外の人間関係って存在していないはずなのだ。

そんな生活を長く過ごしてきただけに、人間関係も偏っていた。その反動が、現在の実情なのだ。もう、昔のような人間関係を築く事は、「悲しい願い」にしか過ぎない気がする。

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この記事へのコメント

でまかせくまちゃん
2014年07月01日 08:26
その時点で「孤独」と感じたなら、誰が何と言おうが「孤独」でしょう。「後から振り返れば」「傍から見れば」は関係ありません。「孤独」はあ熊で主観なんですから。

ですから僕には「ニセモノの孤独」というのがどんなものか、理解できません。

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