「区別」されたからって、嘆く必要なんてない。。。

土曜日の「部長」との面談で障害者枠は「区別」していると重要な言葉を、自分に都合よく解釈していた事に気付く。

「会社」にとって必要なのは、私の「障害者」という肩書きだけなのだ。勿論、そのために作業内容も区別されている。しかし、どんなに努力しようとも線引きしますという意味なのだ。

あれ程言ったにも関わらず、朝イチから係長に無言で段ボールを階段から投げらたのにはビックリした。つまり、部長からの面談に関しての報告もまともになされていない証拠なのだ。

午後に係長から、ヘルメットを渡されたので報告があったのだろう。そこで作業効率が私の方が良いのに時給が違う事が納得いかないと告げる。

確かに作業が早いとは認めたが、140時間で月1,400円でモチベーションを向上させた方が会社にとっても有効な投資になる事も理解していない。

アンタ達と違って、こちらは「労働生産性」だけでなく「CPH(1時間あたりの客数接客数)」でアルバイトの労働時間まで管理させられていたんだ。

そっちが「区別」するように、こっちも「区別」すれば良いのだ。「馬鹿」は相手にしちゃいけない。まともに向き合うからストレスとなるのだ。

その代わり、気遣いある人に対してはこちらも誠実に向き合えば良い。

だから「区別」なんて言葉に囚われちゃいけないんだ。それよりも次へのステップを考えるべきなのだ。休憩中に仲の良い人には暗に退職をかんがえるている事を匂わせる。勿論。繁忙期に迷惑かける事をするつもりはない。

私の肩書きでなく、私の「仕事」を必要としている所を探せば良いし、必要とされる存在にならなけらば意味がないのだから・・・。



昨日のリフレッシュもあり気分よく出社するも、作業中「区別」という言葉が頭の中でリフレインする。しかし、上記の答えを見つけ出した瞬間に解放される。誰にも、私の選択を止める事などさせない。

それが、例え「父」であろうとも・・・。

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『ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督とマレーネ・ディートリッヒが初めてコンビを組んだ伝説的名作。真面目な中年高校教師がキャバレーダンサーの歌と色香に迷い、ヒモとなってドサ回りの道化役者にまで堕落していく。』(「キネマ旬報社」データベースより抜粋)

「嘆く」とは、「1 ひどく悲しむ。悲しんで泣く。悲嘆にくれる。「身の薄幸を―・く」「友の死を―・く」
2 世の風潮などを憂えて憤る。慨嘆する。「現今の世相を―・く」「倫理観の喪失を―・く」
3 心にかなわぬことがあって、ため息をつく。嘆息する。「君が行く海辺の宿に霧立たば我(あ)が立ち―・く息と知りませ」〈万・三五八〇〉
4 心から切に願う。哀願する。「世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もと―・く人の子のため」〈古今・雑上〉」とあります。

1)は「感情」が死んでいるので関係ない。2)3)が主に現在感じる事が多いと思います。
ですが、何かを失うから「嘆く」のだと思うのです。

失うものなんて、既に何も無いのだから「嘆く」必要などないんです・・・。

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