Kate Bush ー Babooshka



1977年「エミリー・ブロンテ」の小説「嵐が丘」に触発され「Wuthering Heights」で、いきなり全英4週連続1位を記録した彼女ですが、日本では「ピンク・フロイド」の「デヴィッド・ギルモア」に見出された「天才少女」的なプロモーションの仕方だったと記憶しています。
(余談ですが、高校時代に「嵐が丘」を読んでいますが理解できなかった想い出があります。なにせ「お馬鹿」ですので。

上記の曲は、某TVで使用されていたので聴けば知らない人はいないと思います。当時より認知されてるのもねぇ。複雑な心境です。

日本では1978年の「東京音楽祭」(TBS系主催で、1992年の第20回で終了。)に出場のため雄一の来日をしていますし、「セイコー」(使用曲は、「ローリング・ザ・ボール(Them Heavy People)」だったと思います。)のCMに起用されたりと彼女の意思とは反対の扱いには不満であった事でしょう。
(これらの映像は、「YOU TUBE」で見る事ができます。

この曲は、彼女の3枚目にあたる「魔物語 (Never For Ever)」(全英第1位)のオープニングを飾る曲でシングルとしても全英最高位5位を記録しています。
また、このアルバムから共同プロデュースに関わり始め「完璧主義」に拍車がかかり寡作となって行きます。

アメリカでは、1985年の「愛のかたち (Hounds Of Love)」の最高位33位まで商業的には成功できなかったのは「飛行機」嫌いで「ライヴツアー」も1979年以降なかった事と「欧州的」な彼女の魅力が伝わらなかった(時代に恵まれなかった)事が要因だと思います。
(「嵐が丘」は、「パット・ベネター」がカバーしていますけど。

確かに「小悪魔」から「魔女」に変貌していった感もありますけど。
しかし「オンリー・ワン」の存在である事は確かですよね。

この記事へのコメント

Nao
2012年01月13日 06:42
生年月日が一緒です
ケイリンキング
2012年01月13日 10:14
では「魔王」ですね。

もしや、「ハクション大魔王」。

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